東京は日本の中心都市というだけあって、日本が誇る料理の名店がたくさんあります。メディアで話題のスイーツやジャンクフードもいいですが、今回は、東京の古き良き郷土料理をご紹介します。江戸時代から愛され続けている歴史ある東京の郷土料理の中から、代表的なもの6つを厳選しました。
東京旅行の際には、ぜひこの記事を参考に、東京のグルメを堪能してみてください。
東京湾で採れた新鮮な魚介類を使った、江戸前寿司は外国の方にも人気です。江戸前寿司の「江戸前」とは、東京湾を意味しています。寿司と聞くと、「シャリ(ご飯)にネタ(生魚)が乗っているもの」とイメージしがちですが、本物の江戸前寿司は、シャリとネタに職人のこだわりが詰まっています。
江戸前寿司におけるネタは、塩や酢でシメる、漬ける、煮る、蒸すといった様々な調理が施されており、この調理のことを「仕事」と呼びます。東京旅行で江戸前寿司を食べるなら、職人の「仕事」が施された穴子や漬けマグロは特におすすめです。参照-京都バスツアー名古屋発
シャリに関しても、酢加減、塩加減、温度、硬さなど様々に工夫されています。また、「仕事」によってしっかりとネタに味付けがされているため、シャリは甘さ控えめのあっさりした味付けになっているのも江戸前寿司の特徴です。
深川めしは、アサリやネギをご飯と一緒に炊き込んだ料理で、東京の代表的な郷土料理として知られています。「深川めし」の「深川」は、東京都江東区にあり、江戸時代から富岡八幡宮の門前町として栄えてきた町名です。
現在の深川は、下町情緒あふれる商店街が並んでいますが、かつては干潟が広がっており、漁業の盛んな街として発展してきました。そんな深川の漁師たちが船の上でも簡単に食べられる料理として、深川めしが広まっていったと言われています。
深川めしには2種類あり、1つは「深川めし」の元祖となる、ぶっかけタイプの深川めしです。アサリやネギ、油揚げを出汁で煮て、そこに味噌を溶いたものをご飯に「ぶっかけ」て、海苔を散らして食べます。もう1つは、具材とご飯を醤油、みりんなどで炊いた炊き込みご飯タイプの深川めしです。
どちらのタイプにしても、磯の香りとネギのシャキシャキした食感が楽しめる味わい深い一品です。東京に旅行に来た際にはぜひ一度食べてみてください。
もんじゃ焼きは、東京のローカルフードとして人気を博しています。特に、東京・月島の月島仲通り商店街には、約70店ものもんじゃ焼き店が立ち並び、「もんじゃストリート」と呼ばれています。もんじゃ焼きといえば、いろいろな食材をいっぺんに楽しめるのが魅力的ですよね。
肉、海鮮、野菜の他にも、最近ではキムチ、チーズ、明太子、餅などが人気があります。焼き方は人それぞれ自由ですが、基本の焼き方をご紹介します。まずは油をひき、具材だけを鉄板で焼き、しんなりするまで炒めます。
具材にある程度火が通ったら、ドーナツのように真ん中を空けた形で土手を作ります。土手の穴の部分に、器に残っている出汁スープを少しずつ注ぎます。スープがドロドロしてくるまで待ちます。最後に、全部を馴染むようにかき混ぜ、薄く平らにならして完成です。
仲間とわいわい楽しく食べるのにおすすめです。
「どじょう鍋」は、安くて栄養価の高いどじょうを使ったスタミナ料理として、江戸時代から庶民に親しまれてきたものです。主に浅草などの下町には、どじょう鍋の専門店が多く存在します。どじょうを酒と一緒に鍋に入れ、酔わせます。
どじょうがおとなしくなったら、甘辛い割り下で煮込み、長ネギを乗せて、山椒や七味とともに食べます。どじょうを豪快に丸ごと煮込んだものが元祖である「丸」、食べやすいように小骨や頭を処理してあるものを「抜き」といいます。
そして、「抜き」を笹がきゴボウと一緒に煮込み、最後に卵でとじたものを「柳川鍋」といいます。東京に遊びに来たら、ご飯が進み、お酒にも合い、スタミナもつくどじょう鍋を、ぜひご賞味ください。
ちゃんこ鍋といえば、相撲力士の料理として有名です。もともとは、力士の立派な体格を作っていくために、ボリュームがあり、栄養価が高く、なおかつ短時間で大量に作ることができる料理として、鍋がよく作られていたことが由来しています。鍋料理は、野菜、肉、魚を一度に大量に食べることができ、とてもヘルシーで栄養価の高い料理ということで、ちゃんこ鍋も一般庶民に広く親しまれています。ちゃんこ鍋には、相撲部屋ごとに受け継がれているレシピがあり、出汁の取り方から具材、味付けまで実に様々な作り方が存在します。東京の両国にはちゃんこ鍋専門店が数多く並び、元力士直伝の本格的なちゃんこ鍋を味わうことができます。東京に旅行する際には、ぜひちゃんこ鍋を食してみてはいかがでしょうか?
日本料理の1つであるそばですが、歴史は長く、なんと縄文〜奈良時代に中国から伝わり、栽培が始まっていたそうです。戦国時代に麺状にして食べる「そば切り」が生まれ、江戸時代に庶民に普及していきました。日本そばは、更科、藪、砂場という3つの系統に分かれており、江戸そば御三家と呼ばれています。
更科そばの歴史は、江戸時代にさかのぼります。現在の長野県信州の更科村出身の商人が、江戸にある保科家に滞在している間にそば切り屋を始めたことがきっかけで、「更」と「科」の字をとって更科となりました。そばの実の芯だけを集めた一番粉を使用しているため、麺の色が透き通るように白い点が特徴です。
更科そばの有名店は、麻生十番に集中しています。藪そばは、幕末に雑司が谷で始まったそば切り屋の周りが竹藪で覆われていたことが由来しているといわれています。そばの実がついたまま挽いたそば粉を使っており、麺の薄緑色が特徴です。
江戸の粋なそばの食べ方として、麺に少しだけつゆを付けて食べるのが挙げられますが、これは、藪そばのつゆが非常に塩辛かったためと言われています。藪そばの有名店は、上野、浅草、淡路町などにあります。砂場そばの発祥は大阪です。
3系統の中でも最も古く、大阪城築城の頃、資材置き場である砂場で始まったそば切り屋が発祥と言われています。甘くて濃いつゆが特徴的です。砂場そばの名店は、南千住や虎ノ門がオススメです。江戸に伝わる3系統の歴史をご紹介しましたが、東京に来た際にはそばの食べ比べをするのもおすすめです。